フ フン フン フ フン フン
今日も、アルデンテシェフは、気持ちよく鼻歌をうたいながら、期待と不安に胸をふくらませた、かわいいスパゲティーたちを、たっぷりとお湯の沸いた大きな鍋にうつします。
スパゲティーたちは、みんな大喜びで、先をあらそって鍋へと飛び込んでゆきます。スパゲティーたちの、大はしゃぎな声を聞きながら、シェフもニコニコうれしそうです。
シェフがスパゲティーの袋を片づけようとすると、まだ袋の奥に残っているスパゲティーがいました。
「おや? まだ残っていたのか。ゴメンゴメン」
シェフは、そのスパゲティーも鍋にうつそうとしました。ところが、そのスパゲティーは、袋にしがみついて離れません。
「鍋でゆでられてしまうなんて、ぼくは絶対イヤだ!!」
そのスパゲティーの名前は、スパ太郎といいました。スパ太郎は、絶対に袋から離れようとしませんでした。あの大きな鍋でゆでられるなんて、考えただけで、恐ろしさのあまり、頭がくらくらしてくるのでした。
「困ったなぁ・・・」
シェフは、いやがるのをムリにゆでるのはかわいそうだったので、スパ太郎を戸棚へもどしました。
その夜、戸棚の中では、明日鍋に飛び込むスパゲティーたちが、楽しみでたまらないという様子でした。スパ太郎は、彼らがなぜ、あんなにうれしそうなのか、まったくわかりません。明日、鍋でゆでられてしまうというのに。
「君は、大きな鍋でゆでられるのがコワくないの?」
スパ太郎は、友だちのスパゲティーにきいてみました。すると、その友人は、
「そんなこと、考えたこともないよ」
と笑いました。
他の友だちにきいても、みんな答えは同じでした。
今度は、親友のパスタ之助にきいてみることにしました。彼なら、少しはまともな答えが返ってくるに違いありません。
「ぼくだって、ちょっとはコワいよ。でも、みんなが飛び込むんだから、ぼくも飛び込むつもりだよ」
親友のパスタ之助まで、チンプンカンプンなことをいいます。
スパ太郎は、なんだか自分だけ取り残されてしまったような、やりきれない、切ない気持ちになりました。にぎやかな戸棚の中で、スパ太郎は孤独でした。喜びうかれる友人たちを背に、スパ太郎は泣きました。
ゆううつに沈むスパ太郎は、アルデンテシェフの仕事ぶりをぼんやりながめながら、自分が何のためにいきるのかについて考えていました。
シェフは見事な手さばきで、スパゲティーのたばを、ちょっとひねったかと思うと、手際よくお湯のたっぷりわいた鍋に放しました。スパゲティーたちは、ゆっくり、ゆっくり、からだの緊張を解きほぐされてゆきます。
スパ太郎は、大きな鍋の中で、ツヤツヤ輝きながら、気持ちよさそうに泳ぐ友人たちを見ました。
十分ほどすると、シェフが、鍋から一本のスパゲティーをとり上げました。シェフは、彼を、目で見、指でふれ、ゆで具合をたしかめました。
「ぼくは、もう大丈夫だよ」
彼は、胸を張って言いました。
シェフも、それを聞いてうなずくと、スパゲティーたちをざるにとって、水気を充分きってあげました。そして、オリーブオイルをからめると、手早く皿に盛り、ほどよく煮込んだミートソースをかけました。
美しい皿に盛られ、香ばしいミートソースを身にまとったスパゲティーたちは、自信に満ちあふれ、りんりんと輝いて見えました。
そんな彼らの様子を見ながら、スパ太郎は一つの答えを見つけました。
「ぼくも、きっと輝くこの瞬間のために、いきるんだ!」
そう思うとなんだか急に力がわいてきて、両手のこぶしをギュッとにぎりしめました。
その翌日、スパ太郎は、勇気をふりしぼって、アルデンテシェフの手の中から、たっぷりとお湯のわいた鍋に飛び込みました。
そして「何もこわがることはなかったな」と思いました。ゆらゆらゆでられるのは、実はとても気持ちのよいものだったからです。
スパ太郎が、広い鍋の中で、気持ちよくゆれていると、友人たちをかき分けて、パスタ之助が泳いできました。
「気持ちいいなっ!」
スパ太郎は「うん」と答えながら、ぼくは「いきる意味」について考えたぶんだけ、パスタ之助よりかしこいなと思いました。
おしまい