アストロレーサーよし丸 第1章

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 アストロレースには、2種類ある。まず、アストロ1。これは宇宙で最も有名なレースだ。プロのベテランレーサーたちが命がけで腕を競い合う。そしてアストロ2は、アストロレーサーを目指す若者たちが参加する。

 よし丸はアストロ2にチャレンジする「未来のアストロレーサー」だ。超高速で宇宙空間を飛行する小型シップに乗ってレースをする。今日は、待ちに待ったレース当日。整備場まで観客の歓声が響いてくる。よし丸は高鳴る胸を抑えられない。

「うぉー!! 緊張してきたー」

 よし丸は、自分のシップ「よし丸号」のボディーをうれしそうにバンバンバンッと叩きながら叫んだ。

「バーカ! バンバン叩くと、そのオンボロシップがイカレちまうボーン。お前の頭みたいになー。キャハハボーンボーン」

 レース参加者の一人であるボン太が、自分のシップのコックピットから、はき捨てるようにいった。ボン太は「ボーン」が口ぐせだ。

「なにぃー。もういっぺん言ってみろや!」

 よし丸は、よし丸号をバカにされると、尊敬する父ちゃんをバカにされたようで無性に腹が立つ。よし丸号は、元アストロレーサーであるよし丸の父ちゃんがアストロ1のレースで乗っていたシップだ。

「よせよせ、よし丸。あんなやつにかまうことあらへん。時間の無駄やで」

 よし丸の幼なじみで大親友のタツ吉が、ボン太をにらみながらいった。タツ吉も今日のレースに参加する。

「フンッ、うるせーぞアホアホタツ吉。お前がアストロ2に出場できること自体が奇跡なんだボーン! 今度ふざけたことぬかしたら、うちのパパに言いつけて出場できなくしてやるボーン」

 ボン太はそういい残すと、コックピットカバーを閉じて、けたたましい音楽を聴き始めた。ボン太のシップは大型で最高級の最新型だ。もっとも、色はけばけばしい紫で、ところどころゴールドの悪趣味な装飾がほどこされている。そして、ボディーの側面には大きく「デフレスパイラル号」とペイントされていた。

「あいつはいつでもパパや」

 よし丸とタツ吉はやれやれという顔をして笑った。よし丸もタツ吉も、何度かボン太と規模の小さなミニレースに出場したことがあった。そのたび、彼の身勝手ぶりにあきれる。

「ところで、お花はどこいったんだろ? 朝から見かけねぇけど・・・」

 よし丸は、整備場内を見渡して、タツ吉と同じく幼なじみのお花をさがした。プロペラがついたタツ吉のシップの向こうに、お花のピンク色に輝く丸いシップが見える。コックピットにお花の姿は見えない。

 パタンと、整備場の北側の扉が開いて、お花が駆け込んできた。

「どこ行ってたんや? もう間もなく時刻やで」

 タツ吉があわてるお花に声をかけた。

「デザイナーに注文してあったコックピットのカーテンを受け取りに行ってたのよ。あー、いやだわ! 急がなきゃ」

 お花は、白地に小さな花柄のついたカーテンを抱えていた。あたふたとコックピットに乗り込むと、手早くカーテンを取り付けた。お花のコックピットには、カーテン以外にも、ぬいぐるみや花飾りのようなものがたくさん飾られていた。見ると、タツ吉のコックピットにも、色とりどりの面白いステッカーがたくさん貼られている。よし丸は、ガムのごみくずくらいしかない、よし丸号の殺風景なコックピットを見て切なくなった。

 あと十分少々でコースに出なければならない。よし丸は、燃料の最終チェックをすることにした。



 そのころ、レースのスタート地点である、バブル星サキガケサーキットの観客席は異様な熱気に包まれていた。

「みなさま! お待たせいたしました。もうあと十分少々で、選手のシップが到着いたします。本日は四台のシップがアストロ2を競い合います。シップはこのバブル星を出発後、緩やかなカーブを描きながら、ドリーム星とスピリット星の外側を通過、このバブル星に帰還します。そして、優勝シップはアストロ1へのパスポートを手にすることができます」

 オーッと歓声がわいた。アストロ1出場は最高の栄誉だ。誰もがその名を聞いただけで興奮する。

「ただいま、右手はるか前方の整備場より、シップがこちらに向かってまいります」

 観客がいっせいにそっちをみつめる。

「先頭にみえます、クリーム色をしたロケット型のシップは、よし丸号! パイロットのよし丸は、ミニレースで優勝実績があります。アストロ2は初出場です。二番目の、プロペラのある飛行機型のシップは、タツ吉号! パイロットのタツ吉は、安定した操縦に定評があります。同じくアストロ2初出場です。3番目にみえます、ピンク色のラグビーボール型のシップは、お花号! コックピットにすてきなカーテンがひかれています。そして、あ、今そのカーテンの隙間からパイロットのお花が顔をのぞかせ手を振っているのが見えます。緊張の色は見えません。彼女は二度目の出場です!」

 お・は・なー! お・は・なー! 最前列の5、60人の観客がいっせいに叫んだ。お花はかわいいので大勢のファンがいる。

 ゴゴゴーバルッバルッバルッバルッ・・・ボギャーン.耳をつんざく爆音とともに、紫色の悪趣味なシップがあらわれた。

「あ、え・・・、た、ただいま、あらわれましたあのやかましいシップは・・・。いえ、失礼いたしました。あの悪趣味な・・・、ちょ、ちょっと! あなたなにするんですか!?」

 けばけばしい婦人が、アナウンサーのマイクを奪い取った。

「ボン太ちゃま! がんばるざます!! 下々にお金とお権力を見せつけてやるざーます!!」

それを聞いたボン太がシップの上に立ち上がり、だみ声で叫んだ。

「ハイ! ママたん。ぼく、がんばルンバ! 貧乏人どもをギャフンと言わせてやるボーン!!」

ボン太がチラッとよし丸を見て、「お前のことだボーン」というようにニヤリと笑った。よし丸は、みっともねぇ家族だなーと思って、ニヤリと微笑み返した。

 ボン太の父親は巨大企業の社長で、あくどいことをして荒稼ぎしているともっぱらのうわさだ。よし丸のお父さんと幼なじみだが、犬猿の仲だった。

「シップがスタートラインにつきました。間もなくスタートです!」

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 シップをスタートラインにつけ、お花は操縦かんにある赤いスイッチを押した。

「こちらお花、無線のチェックよ。みんな聞こえる?」

「こちらよし丸! バッチリだよーん」

「タツ吉号もきこえるで!」

 よし丸とタツ吉のシップはすぐに呼びかけに答えた。ボン太からの応答はない。

「ボン太、聞こえる? 聞こえたら応答願います。アストロ2はレース中けっこう危険が多いから、無線が通じないと困るの!」

「うるせーボーン。聞こえるよバーカ。二度目の出場だからってでしゃばるんじゃねーボン」

「お前そういう言い方はないやろ」

 タツ吉がたまりかねた様子で言った。

「フンッ、なんだてめー。ボーンボーン」

 ギャーンボボボ、ギャーンボボボ。ボン太はこれでもかとばかり、やかましくエンジンをふかした。

「キャーキャーキー!!! しびれるざますー! ボン太ちゃまー」

 ボン太の母親が、マイクが割れるほどの金切り声で叫ぶのが聞こえた。最悪のスタートだな、とよし丸は思った。

 プッ、プッ、という音とともに、正面に赤いシグナルが点灯した。観客席からはちきれんばかりの声援が飛ぶ。よし丸が反重力装置をオンにすると、シップが音もなく30センチばかり浮き上がった。よし丸は無線のスイッチを押して言った。

「真剣勝負だ。いくぜっ!」

「おうっ!」

 シグナルが赤から青へと変わり、レース開始を告げるポーッというサイレンが場内に響き渡った。

 よし丸は、スロットルレバーを慎重に押し込んだ。ポッという音がして、シップのお尻にある噴出口から明るく輝く力強いジェットが噴出する。シップは急速に速度を増してサキガケサーキット第一コーナーにさしかかる。第三コーナーを過ぎる頃、少し前方にいたボン太のシップが機体を浮かし離陸した。続いて、右側に見える身軽なお花のシップも。よし丸は、もう一段階スロットルレバーを倒し、「いまだ!」と操縦かんを手前にひいた。グッという軽い衝撃を体に感じ、シップのシートに押し付けられた。噴出口のあたりからジョファーという心地よい音がして、よし丸号は舞い上がった。 

 正面に果てしない空が広がり、観客の歓声がみるみるエンジンの音にかき消されてゆく。真横にタツ吉のシップが並んだ。タツ吉がこっちに向かい親指を立てて笑顔を見せた。離陸作業中は無線が使えない。彼の口が「楽しもうや!」と言う形に動いた。よし丸も親指を立ててそれにこたえた。

 雲を突き抜け、やがて大気圏を脱出すると、あたり一面星空につつまれた。無線がジジッと音をたてた。

「こちらお花、たったいま無事離陸作業完了。宇宙空間へ入りました」

「こちらタツ吉、無事大気圏脱出!」

「よし丸、同じく完了しました」

「ボーン、とうの昔に完了してるボーン、ケケ」

 ポーン、というチャイムが聞こえた。レース本部からの無線連絡だ。

「こちらサキガケサーキットアストロ本部、すべてのシップのバブル星離脱を確認。ドリーム星、スピリット星を経由して、バブル星へ帰還せよ。スピリット星付近で空間が乱れ、『嵐』が発生している可能性が高いため注意が必要だ。では未来のアストロレーサーたち、健闘を祈る!」


第2章へつづく

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